主人公サバロは、壊れた物を直す「よろずお直し業」である。「よろず」という言葉に偽りはなく、彼は自ら直そうと望んだ物であれば、あらゆる物を直すことが出来る。しかも、一切の道具を使わずに自分の手だけで。砕けた石に割れた壺、折れた枝に裂けた布、融けた氷に燃えた紙....。彼に直せない物はない。
だが、サバロは自分の仕事に絶対の自信を持っているわけではない。物はいつか壊れるものであるという世の中の理を知り、そして自分の「力」が世の中の理に反する物であると思っているから。
この小説の作者である草上仁は、主にSFのショートショートを活動の中心としている小説家である。この『よろずお直し業』も一冊の長編小説ではあるが、同時にいくつかの章に分けられ、それぞれが独立した物語として読めるものになっている。しかし、それぞれの物語が伝えようとするものは章を重ねるごとに私の中で大きな塊となり、最後の章でそれは完全な形を作り私の心に一生残るものとなった。
我々は「物」に対してその機能だけではなく、時には過大な役割を要求する。写真一枚が人の代わりとなり、一対の指輪が夫婦の絆の証となり、一冊の本が神の言葉となる。「物」が持つ力は、我々がそれに対して本来与えた機能以上に大きく、そして逆に我々の生活に力を与えてくれる。『よろずお直し業』はそんなことを私に教えてくれるとともに、それ自身も私にとって一冊の小説以上の存在となったのである。
残念ながらこの本はもう絶版になってしまったらしいが、人気のある作家なので図書館に置いてある可能性も高いと思う。見つけることが出来たら是非読んでいただきたい。
著者:草上 仁
発行所:PHP研究所
発行日:1991年6月21日
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